東京地方裁判所 昭和38年(行)44号 判決 1965年5月26日
原告 財団法人文化学院
被告 東京都知事
主文
被告が昭和三七年九月一二日原告所有の別紙物件目録一記載の土地を差し押えた処分を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因及び被告の主張に対する反駁として、次のとおり述べた。
一、原告は、昭和二三年六月一二日文部大臣より、民法第三四条により設立を許可された財団法人であつて、学校教育法第八三条にいう学校(各種学校)を設置するものである。
二、原告は、別紙物件目録一及び二記載の土地及び建物(以下本件土地及び建物という。)を所有し、これを直接教育の用に供していたところ、東京都千代田税務事務所長は、右事実を認め、この土地及び建物は、地方税法第三四八条第二項第九号に該当するものと判断し、昭和二八年九月一七日付通知書をもつて、右物件につき同年度以降固定資産税については非課税の取扱いをすることに決定した旨を原告に通知した。
三、しかるに、同所長は、昭和三六年一〇月一〇日付徴税令書をもつて、右土地及び建物につき、昭和三二年度に遡つて、昭和三六年度随時分として、次のとおり固定資産税を賦課した。
税目
納期限
税額(円)
固定資産税
〃
〃
〃
〃
合計
昭和三六年一〇月三一日
〃
〃
〃
〃
二五八、九〇〇
四九九、二六〇
五〇六、五一〇
五〇六、五一〇
五〇六、五一〇
二、二七七、六九〇
四、被告は、同所長より徴収事務を引き継ぎ、右税額徴収のため、昭和三七年九月一二日別紙物件目録一記載の土地に対して差押処分をした。
原告は、この差押処分につき、被告に対し異議の申立をしたが、被告は昭和三八年二月一二日これを棄却する旨の決定をして、同月一五日原告に通知した。
五、しかし、東京都千代田税務事務所長の固定資産税の賦課処分は、次に述べる理由によつて無効であるから、その徴収のために行なわれた被告の差押処分は違法であつて、取り消さるべきものである。
1、地方税法第三四八条第二項第九号によれば、学校において直接教育の用に供する固定資産については、非課税とすることが定められているが、本件土地及び建物は、原告が直接その教育の用に供しているものであるから、これに対する固定資産税の賦課は許されないものである。
被告は、原告が学校法人または私立学校法第六四条第四項の法人ではないから、地方税法の右条項にあたらないと主張するが、学校教育の用に供する固定資産が非課税とされているのは、学校教育が本来公共的、非営利的性質のものであることによるのであり、その組織形態の如何というような形式上の根拠に基づくものと解すべきではないから、原告の実態が学校教育法による学校である以上、原告が直接教育の用に供している本件土地及び建物については、前記地方税法の規定によつて、固定資産税は非課税というべきである。
2、仮りに、本件土地及び建物が当然に非課税物件にあたらないとしても、前記のとおり、東京都千代田税務事務所長は、昭和二八年九月一七日本件土地及び建物について固定資産税を非課税とする決定を行ない、原告に通知しているのであるから、右決定は、権限ある機関によつて取り消されるまでは有効なものとして国民及び関係行政庁を拘束するものであるところ、問題の賦課処分は、右決定が取り消されないままに行なわれたものであるから、無効である。
被告は、東京都千代田税務事務所長のした非課税決定は行政処分ではないと主張するが、固定資産税は台帳課税の方式がとられ、課税権者が目的物件が課税対象にあたるかどうかを判断し、これを評価して固定資産税を賦課するものであり、課税権者が目的物件を課税対象にあたると認定し、固定資産税を賦課する処分が行政処分であることは疑いのないところであるが、同様に、課税権者が非課税物件と認定する行為も行政処分であることは、その認定が課税物件にあたるかどうかの認定の反面であることよりして明白である。東京都千代田税務事務所長が、原告の実態を十分調査し、本件土地及び建物を非課税と決定し、これを原告に通知した以上、右決定が行政処分であることは当然のことであり、仮りにこの決定に瑕疵があつたとしても、これが適法に取り消されない限り、これを無視して固定資産税を賦課することは許されないのである。
3、仮りに、本件土地及び建物が非課税物件でないとすれば、東京都千代田税務事務所長は、前記非課税決定により、本件土地及び建物に対する固定資産税を免除したものである。
地方税法第六条第一項によれば、公益上その他の事由による課税免除が定められており、東京都千代田税務事務所長の前記非課税決定は、少なくとも右条項による課税免除の効力を有するものというべきであり、なお、被告が主張するように、原告の場合が右規定の定める免除の要件にあたらないとしても、課税免除の決定が取り消されるまで、これを無視して固定資産税を賦課することが許されないことは、右決定が行政処分であることから生ずる当然の結果である。
4、仮りに、以上の主張が理由がないとしても、東京都千代田税務事務所長が過去に遡つて固定資産税を賦課したのは、禁反言の法理に反し許されないものである。
原告は、設立以来本件土地及び建物の固定資産税について非課税の取扱いを受け、さらに昭和二八年九月一七日には、前記のとおり非課税決定があつたため、原告は、本件土地及び建物について固定資産税が非課税であると信じて学校経営を行なつて来たのである。すなわち、昭和二五年私立学校法の施行に当たり、同法附則第六項により組織を変更して、同法第六四条第四項の法人になることが許されていたため、原告において組織変更の要否を検討した際、税金問題は原告の財政上最も重要な事項であつたので、その頃大蔵省主税局長、東京国税局長等当局の権威者の意見をきいたところ、固定資産税は、財団法人のままでも非課税であることが確められたため、組織変更を行なわないこととし、さらに昭和二八年の非課税決定を受けてからは、その通知を信頼し、固定資産税の納付を要しないものとして、原告の財政をまかなつてきた。しかるところ、東京都千代田税務事務所長は、昭和三六年一〇月に至り、過去に遡つて問題の賦課処分をしたのであるが、原告においてこれを納付しなければならないとすれば、原告は、その資金を捻出するため、資産を処分をするか、今後の授業料収入等にこれを転稼する外なく、極めて不当、不利益な結果を招来することとなる。したがつて、一度原告に対し本件土地及び建物の非課税を決定し、これを通知した以上、これを信頼した原告において、このような不利益を招来するような取扱いの変更は、禁反言の法則に反して許されないものというべく、東京都千代田税務事務所長が過去に遡つて固定資産税を賦課した処分は無効である。
原告訴訟代理人は、以上のとおり主張した。
(証拠省略)
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、原告の請求原因第一ないし第四項の事実を認め、同第五項を争うと答弁し、次のとおり主張した。
一、本事件の経過は、次のとおりである。
原告は、昭和二八年一月一二日東京都千代田税務事務所長に対し、本件土地及び建物について、固定資産税を非課税とされたい旨の申告書を提出し、同税務事務所長は、本件土地及び建物が地方税法第三四八条第二項第九号に該当するものと誤認して、昭和二八年以降これについて固定資産税を非課税とする取扱いをする旨通知した。その後、昭和三六年六月東京都千代田税務事務所係員が、本件土地及び建物を再調査したところ、原告は学校法人または私立学校法第六四条第四項の法人ではないから、地方税法の右条項にあたるものではないことが判明したため、その頃その旨を原告に口頭で通知し、同年九月末日東京都千代田税務事務所長は、地方税法第四一七条に基づき、価格決定通知書を原告に発付し、次いで同年一〇月一〇日付で、昭和三二年度分に遡及して、固定資産税を賦課して、その徴税令書を発付したが、これに対しては、原告から異議の申立はなかつた。
昭和三六年一一月二〇日東京都千代田税務事務所長は、原告に対して督促状を発付したが、原告が納税しなかつたので、昭和三七年二月二七日同税務事務所長は、東京都税条例に基づき徴収事務を被告に引き継ぎ、被告は、同年九月一二日別紙物件目録一の土地について差押手続をとつた。
二、原告は、本件土地及び建物は地方税法第三四八条第二項第九号にあたると主張するが、右規定によつて固定資産税が非課税とされるのは、「学校法人又は私立学校法第六四条第四項の法人がその設置する学校において直接保育又は教育の用に供する固定資産」に限られ、原告は、民法第三四条による財団法人であるから、右規定に該当しないことは明らかである。
三、原告は、東京都千代田税務事務所長の非課税決定を行政処分と解し、これが取り消されない限り、固定資産税を賦課することは許されないと主張する。
しかし、特定の場合に税を課すか課さないかは、法律が一義的に定めるところであつて、行政庁の自由な裁量によつて動かし得る余地のないことである。従つて、法律上課税できないのに、行政庁が課税したとしても、それは当然に効力がないと同様、反対に、法律上課税すべき場合に、行政庁が課税しないとの意思を表示しても、それはやはり効力がないことであり、この意味からして、東京都千代田税務事務所長の非課税の決定ないし通知は、新たになんらかの法律上の効果を発生させるものではなく、また、法令、条例等に基づく手続でもないから、単に同税務事務所長の法令解釈とそれに基づく取扱方針を便宜非課税申告者に知らせるものにすぎず、行政処分ではないといわねばならない。
仮りに、非課税決定が行政処分であるとしても、それはなんら法令に根拠がないから当然無効であるのみならず、この非課税決定は、前記第一項においてのべた昭和三六年九月の係員の口頭の通知または価格決定通知書もしくは徴税令書の発付によつて、取り消されたとみるべきであるから、原告に対する賦課処分を無効ということはできない。
四、原告は、東京都千代田税務事務所長の非課税決定は、地方税法第六条第一項の課税免除の効果を有するとも主張するが、同条項にいう「公益上その他の事由」とは、課税対象に対し課税しないことが直接公益を増進しまたは課税することが直接公益を阻害する場合をいうのであつて、原告の場合はこれにあたらず、しかも、課税免除は、同法第三条により地方団体の条例によることを要するところ、東京都には課税免除の条例がなく、実際上免除ができないから、前記非課税決定をもつて、課税免除の効果を認めることはできない。
五、原告は、問題の賦課処分は、禁反言の法理に反すると主張する。
しかし、租税に関する行為は公法行為であり、租税平等負担の趣旨から租税法律主義の原則が厳格に適用され、のみならず租税は、国または地方公共団体が公益達成のために徴収するものであつて、このため、国家公共団体は租税収入を確保する必要がある。租税に関する行政行為のこのような性質から、行政庁がこれを自由に放棄したり、免除したりすることは許されず、このような行政庁が処分権を有しない事項については、禁反言の法理が適用される余地はないものというべきである。
被告指定代理人は、以上のとおり主張した。
(証拠省略)
理由
東京都千代田税務事務所長が本件土地及び建物を地方税法第三四八条第二項第九号に該当するものと判断し、昭和二八年九月一七日付通知書をもつて、この土地及び建物につき昭和二八年度以降の固定資産税については、非課税の取扱いをすることに決定した旨を原告に通知し、爾後右土地及び建物を非課税扱いとしていたこと、しかるに、同税務事務所長は、昭和三六年一〇月一〇日付徴税令書により、本件土地及び建物につき、昭和三二年度に遡つて固定資産税を賦課したこと、被告が、昭和三七年九月一二日右賦課税額徴収のため別紙物件目録一記載の土地を差し押えたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。
原告は、東京都千代田税務事務所長の固定資産税賦課処分は無効であり、これに基づく被告の差押処分は違法であると主張するので、以下原告が固定資産税の賦課処分を無効と主張する諸点につき、順次判断することとする。
原告は、まず地方税法第三四八条第二項第九号の趣旨は、学校教育が公共性を有し非営利的性質のものであることにかんがみ、教育用固定資産を非課税とするもので、その組織形態如何を問題とするものではなく、本件土地及び建物は、右規定により固定資産税の課税対象から除外されると主張する。
しかし、原告の設置する学校のような各種学校については、正規の学校の場合(学校教育法第一、二条)と異なり、その設置者について法令に別段の制限がなく、国、地方公共団体または学校法人の外、学校法人以外の法人または個人も設置者となることができるところ、私立学校法第六四条第四項は各種学校の設置だけを目的とする法人(以下準学校法人という。)の設立を認め準学校法人に限つて、学校法人に関する同法の規定をすべて準用し(私立学校法第六四条第五項)同法第五九条の助成及び監督についても準学校法人を学校法人と同列に取り扱うこととしているのであるが、地方税法第三四八条第二項第九号の規定は、私立学校法の右のような規制に対応して、準学校法人が設置する学校において直接教育の用に供している固定資産に限つて、これを非課税とする趣旨であることは、右規定の体裁及び立法趣旨に照らし疑いのないところである。従つて、原告が民法上の財団法人であつて準学校法人でないことにつき争いのない本件においては、本件土地及び建物が、たとえ、直接教育の用に供されているものであるとしても、地方税法の右規定により固定資産税の課税対象から除外されるものではないと解すべきであり、この点の原告の主張は採用できない。
次に、原告は、東京都千代田税務事務所長の非課税取扱いの決定が行政処分であることを前提に、それが取り消されない限り、賦課処分をすることは許されないと主張する。しかし、ある固定資産が固定資産税の課税対象から除外されるかどうかは、法律によつて当然に定まるものであつて、この点につき行政庁がとくに判断を表示すべきことの根拠法規もなく、また行政庁が非課税とする旨の決定をしても、なんら法的効果を生ずるものではないから、本件で問題の決定を行政処分と解する余地はないものといわねばならない。原告は、固定資産税の賦課処分が行政処分である以上、非課税物件と認定する行為も行政処分と解すべきであると主張するが、租税の賦課処分は、法の根拠に基づき行なわれる行政行為であつて、これによつて租税債権が具体化し、その徴収が可能となるという法律効果が生ずるのに対し、本件で問題の決定通知は、根拠法規を欠き、なんら法律効果を伴なわないものであり、行政上の便宜的な措置に過ぎないものであるから、これをもつて、租税賦課処分と同日に論じ得ないことは明らかである。従つて、これが行政処分であることを前提とする原告の主張もまた理由がない。
さらに、原告は、東京都千代田税務事務所長の非課税決定をもつて、固定資産税の免除の効力を有するものと主張するが、地方公共団体が租税を免除するためには、一般的には条例により(地方税法第六条、第三条)、固定資産税の減免については、議会の議決を必要とするのであり(同法第三六七条)、右非課税決定が、かような条例ないし議会の議決に基づくものでないことは、弁論の全趣旨より明らかであるから、これが租税免除の効力を有するものでないことは、多言を要しないところである。
最後に、原告は、東京都千代田税務事務所長が非課税決定をして、その旨原告に通知しながら、その後に至り、過年度に遡及して固定資産税を賦課したことは、禁反言の法理に反すると主張するので、この点につき考察する。
思うに、自己の過去の言動に反する主張をすることにより、その過去の言動を信頼した相手方の利益を害することの許されないことは、それを禁反言の法理と呼ぶか信義誠実の原則と呼ぶかはともかく、法の根底をなす正義の理念より当然生ずる法原則(以下禁反言の原則という。)であつて、国家、公共団体もまた、基本的には、国民個人と同様に法の支配に服すべきものとする建前をとるわが憲法の下においては、いわゆる公法の分野においても、この原則の適用を否定すべき理由はないものといわねばならない。(すでに公法の分野において確立された法理と目されている次の法理、すなわち相手方に利益を付与する行政処分については、その処分が違法であつても、処分庁が後にこれを自ら取り消すことには制限があるとする法理の如きは、この原則の一適用を示すものと解される。)それのみならず、国家、公共団体の行政は、いわゆる権力作用によつてのみ行なわれるものではなく、実際上、法の根拠を欠くとはいえ、法の禁止しているものとは認められない数多くの、事実上の行政作用(たとえば、行政法規の解釈、適用等に関する通達、その他本件で問題となつている非課税決定通知なども、かような事実上の行政作用に属する。)によつて行なわれるものであり、ことに、国民の社会生活が公法法規により規制される度合が増大し、しかも、この種の法規がますます専門技術化するに応じて、かような事実上の行政作用の果す役割りはますます重要なものとなり、その反面、国民は、善良な市民として適法に社会生活を営むためには、かような事実上の行政作用に依存しこれを信頼して行動せざるを得ないこととなる。ことに、租税法規が著しく複雑かつ専門化した現代において、国民が善良な市民として混乱なく社会経済生活を営むためには、租税法規の解釈適用等に関する通達等の事実上の行政作用を信頼し、これを前提として経済的行動をとらざるを得ず、租税行政当局もまた、適正円滑に税務行政を遂行するためには、かような事実上の行政作用を利用せざるを得ない。かような、事態にかんがみれば、事実上の行政作用を信頼して行動したことにつきなんら責めらるべき点のない誠実、善良な市民が行政庁の信頼を裏切る行為によつて、まつたく犠牲に供されてもよいとする理由はないものといわねばならない。
もつとも、租税の賦課については、行政庁は法律の根拠なく租税を賦課することが許されないばかりでなく、法律上の根拠なく特定の者に対し租税を減免することも許されず、被告においても、この点から、かような、行政庁に処分権の認められていない法分野については、禁反言の原則を導入する余地はないと主張する。
しかし、禁反言の原則は、もともと、制定法上、形式的には適法とされる行為であるにかかわらず、個別的、具体的事情の下で、これを行なうことが法の根底をなす正義の理念に反するところから、これを行なうことを許さないとするものであつて、前述のような事実上の行政作用の果している役割りにかんがみれば、個々の場合に、租税の減免が法律上の根拠に基づいてのみ行なわるべきであるとする原則を形式的に貫くことよりも、事実上の行政作用を信頼したことにつきなんら責めらるべき点のない誠実、善良な市民の信頼利益を保護することが、公益上、いつそう強く要請される場合のあることは否定できないところであるから、租税の減免が法律上の根拠に基づいてのみ行なわるべきであるということは、税法の分野に禁反言の原則を導入するについて、その要件及び適用の範囲を決定する場合に考慮を払うべき要素の一つとはなつても、この原則の導入を根本的に拒否する理由とはなり得ないものと解すべきである。
以上に判断したとおり、禁反言の原則は、いわゆる公法分野についても、その適用を否定すべき根本的理由はないと解すべきであるが、このことは、右の原則が私法分野におけると同じ要件の下に、同じ範囲、程度において適用されると解すべきことの理由となるものではなく、公法分野とくに税法の分野においては、前述のように、積極、消極両面の行政作用につき厳格な法律の遵守が要請されていることにかんがみれば、かような法分野について禁反言の原則がいかなる要件の下に、いかなる範囲において適用されるかについては慎重な判断を要することはもちろんである。すなわち、この原則の適用の要件の問題としては、とくに、行政庁の誤つた言動をするに至つたことにつき相手方国民の側に責めらるべき事情があつたかどうか、行政庁のその行動がいかなる手続、方式で相手方に表明されたか(一般的のものか特定の個人に対する具体的なものか、口頭によるものか書面によるものか、その行動を決定するに至つた手続等)相手方がそれを信頼することが無理でないと認められるような事情にあつたかどうか、その信頼を裏切られることによつて相手方の被る不利益の程度等の諸点が、右原則の適用の範囲の問題としては、とくに、相手方の信頼利益が将来に向つても保護さるべきかどうかの点が吟味されなければならない。
そこで、以上のような観点から、本件の事実関係を検討するに、当事者間に争いのない事実にいずれも成立に争いのない甲第一号証、同第三号証の一、二、同第八号証及び証人大嶋虎之助の証言によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。原告は、設立以来本件土地及び建物について固定資産税を賦課されたことがなかつたが、昭和二七年暮頃東京都千代田税務事務所係員が来訪し、本件土地及び建物を調査した上、原告に対し固定資産税非課税申告書の提出を求めたので、これを提出した。これについて、同税務事務所においてさらに調査した上、昭和二八年九月一七日「本件土地及び建物は、財団法人である原告が直接教育の用に供しており、地方税法第三四八条第二項第九号に該当するから、これに対する固定資産税を非課税とする取扱いをする」旨の決裁書(甲第八号証)に、同税務所長その他所要の係り職員の決済を経て、同日付で、同税務事務所長名義の公文書により、「本件土地及び建物は、地方税法の前記条項に該当するものと認められるので、昭和二八年以降の固定資産税につき非課税の取扱いをすることに決定したから通知する」旨の通知書を発した。その後、これによつて、本件土地及び建物について、固定資産税の賦課が行なわれていなかつたところ、昭和三六年六月下旬に至り、東京都千代田区税務事務所より、突然原告事務職員に対し、固定資産税を賦課する旨の予告があり、これに対し、原告において前記非課税取扱決定通知の存在をもつて争い、また同税務事務所係員の示唆により、固定資産税の減免申請書を提出するなどしたが同年一〇月一〇日付徴税令書により、昭和三二年度に遡つて、過去五年分の固定資産税が賦課され、昭和三七年九月一二日被告は右固定資産税徴収のため、別紙物件目録一記載の土地を差し押えた。原告においては、本件土地及び建物について、固定資産税が賦課されたことがなく、前記非課税取扱決定通知があつたため、これを信頼して、財団法人についても、教育用固定資産は非課税と考え、国等から補助金をもらう必要がなかつたところから、準学校法人となることを考えなかつたが、前記徴税令書により、財団法人のままでは、その教育用固定資産について固定資産税が賦課されることを知り、現に準学校法人となるための手続中である。以上の事実が認められる。
財団法人の教育用固定資産が地方税法第三四八条第二項第九号にあたるものでないことは前述のとおりであるから、東京都千代田税務事務所長が昭和二八年九月一七日本件土地及び建物について固定資産税が非課税と判断したことは誤りであつたといわねばならない。しかも、同税務事務所長は、原告が財団法人であることを熟知しながら、自ら(担当職員)の調査に基づきこの判断を下したものであることは、前認定の事実関係に照らし明らかであるから、右過誤は、もつぱら、同税務事務所長の法解釈の間違いに起因するものであつて、同税務事務所長がかような過誤をおかすについて、原告の側になんら責めらるべき事情はなかつたものと認められる。もつとも、甲第八号証によれば、原告が提出した固定資産税非課税申告書には原告の氏名に学校法人を冠した記載があるが、大嶋証人の証言によれば、右は不動文字で印刷されていたために不用意にそのままにしていたもので、その点に格別の意図を有していたものではなく、しかも、同税務事務所長が、原告を学校法人と誤認して本件土地及び建物の固定資産税を非課税と判断したものではないことは、前認定のとおりであるから、この一事をもつて、同税務事務所長が右過誤を犯すにつき原告の側にも一端の責めがあるものということは相当でない。その上、同税務事務所長は、正規の決済手続を経て、公文書をもつて、非課税の取扱いをする旨原告に対し通知しているのである。従つて、原告がこれを信頼して、本件土地及び建物につき、固定資産税が非課税であると考えたことはまことに当然であり、地方税法の前記法条を検討すれば、これによつて財団法人の教育用固定資産について固定資産税が非課税となるものではないことが判明したとしても、固定資産税については、賦課税の方式がとられていること、原告設立以来、本件土地及び建物について固定資産税が賦課されたことがないこと同税務事務所長は課税庁であつて、前認定のような手続、方式によつて非課税の取扱通知が行なわれていること、以上の事実によれば、原告に本件土地及び建物について、右通知受領に際し、前記法条を十分に検討し、右通知の過誤を認識すべきことを要求することは、難きを強いるものであつて、この点について原告を非難するのは当を得たものとはいえない。しかも、原告は、現在準学校法人となるための手続中であるが、問題の非課税通知がなく本件土地及び建物が非課税であると信ずることがなければ、もつと早期にかような手続をとることも可能であつたのであり、さらに、原告のような各種学校においては、その経費は、主として、授業料収入によつてまかなうこととなるのであるから、過去に遡つて固定資産税が賦課されることとなれば、結局その負担は、将来の授業料に転稼されることとなるなど、まつたく予測しなかつた不都合な結果を招来することとなるが、それは原告が東京都千代田税務事務所長の非課税通知を信頼したことに起因するものというべきである。
以上の検討によれば、東京都千代田税務事務所長が本件土地及び建物について固定資産税を非課税と判断したことは違法であるが、その過誤は同税務事務所長の法解釈の誤りに起因するものであり、しかも、その非課税の取扱いは、正規の決裁手続を経て、公文書により原告に通知されたもので、原告がこれを信頼して本件土地及び建物につき固定資産税が非課税と考えたことに無理はなく、原告の側に誠実、善良な市民として非難に値する事情はなんら存在せず、しかも、右通知に反し過年度に遡つて固定資産税が賦課されることにより原告が被る不利益は無視できないものがあるに反し、行政庁にとつては、過去約八年間にわたつて非課税扱いをしていた本件土地及び建物につき、あらためて、過去に遡つて課税を行なうことの必要性は、租税法規の遵守の必要ないし過去の違法の結果の是正の必要という、抽象的、名目的な理由以外には、格別、具体的、切実な公益上の要請があるとは思われない。もつとも、課税行政については、前述のように、積極、消極両面の作用につき厳格な法の遵守が要請されていることにかんがみれば、原告の信頼利益を著しく害さない範囲においては、行政庁に違法是正の機会が与えらるべきこともまた当然であるから、原告がいつたん問題の非課税通知を受けたことによつて、将来に向つても非課税扱いを受けることにつき期待的利益が保障されるに至つたと解することは相当でなく、東京都千代田税務事務所長は、右非課税通知の誤りであつたことを原告に告げ、次年度以降につき固定資産税を賦課することは妨げられないものと解すべきであり、その範囲において、禁反言の原則の適用が制限を受けるものと解するのが相当であるが、前述のような事情の下で、突然、過年度に遡つて課税を実施すること著しく正義の理念に背くものであつて、到底正当とは思われない。
従つて、東京都千代田税務事務所長が原告に対し過年度分の固定資産税を賦課した処分は、違法と解すべきであり、しかも、かような法の根本理念に背く違法行為を無効のものと解すべきことについては、私法分野におけると公法分野におけるとで、これを異別に解する理由はないから、右賦課処分は無効と解するのが相当である。してみると、右賦課税金徴収のため、被告が昭和三七年九月一二日別紙物件目録一記載の土地を差し押えた処分もまた、違法であつて取り消しを免れないものといわねばならない。
よつて、原告の本訴請求は、理由があるから認容することとし訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 白石健三 濱秀和 町田顕)
(別紙目録省略)